2010年11月01日

尖閣問題が資源論で対応を見誤るな

天然ガスは地球に優しいクリーンな資源。

二酸化炭素の排出も、窒素酸化物も、石油に比べ、少ないようだし、地球温暖化の防止、大気汚染の防止に効果が高いらしい。

この天然ガスが尖閣の海底に眠る。

ーー

日本が抱える領土問題に北方領土があるが、こちらは条約、協定があり、この文書の効果や解釈で、日本のものか、どうか分かる。

ところが尖閣諸島については、取り決められた条約、協定というものはない。

そこで歴史を遡って、そこに法的意義を見出して、どちらのものかを見ていくことになる。

だが、こうしたものでは、外交交渉でどちらか一方の国のものになることは、まずない。

ハーグにある国際司法裁判所で、白黒決着ができるが、かりに中国が提訴しても、日本が応訴することはない。

また日本が提訴することもない。(したがって裁判で決着することはない。)

尖閣諸島は、領土問題ではないというのが、日本政府の立場だからである。

歴史を遡ると、子細は頭が痛くなるほど細かいが、かいつまんで言えば、日本政府は明治時代に無人島の現地調査を行って、閣議決定したことを主張して、日本のものだと言っている。

一方、中国はそれ以前の歴史を持ち出して、主張している。

1372年、日本で言えば室町時代に入った頃、琉球が明と朝貢関係に入ったが、釣魚諸島(尖閣諸島)は明の時代から中国領。

識者に寄れば、特に、日本が尖閣諸島を領土に組み入れた1895年は、日清戦争のさなかであり、中国の記憶では尖閣諸島問題=日清戦争の敗北の屈辱の記憶と結びついている。

だから中国が尖閣諸島を日本領土と認めることはあり得ない、ということらしい。

もう一つ。

1970年ごろから、尖閣周辺の海底に石油資源があるらしいことから、中国が領有権を主張した、と日本の政府、マスコミは言っていること。

この点について、愛知大学の加々美光行教授は、メディアの報道も、対中理解が基本的に不足していると指摘する。

なぜ中国が尖閣問題を持ち出してくるのか。

その理由は、歴史のなかでも国境や領有権という法的概念が中国に定着したのが19世紀末に過ぎないこと。

領海の概念も曖昧で、何より中国の国境線が欧米の圧力の下で引かれたことが背景にあることを挙げる。

さらに第二次大戦直後に尖閣諸島を米軍がなぜ占領したかは、中華人民共和国が成立する直前の国共内戦時から、国民党政権の親米政策を利用して、米国が台湾の帰属を常に曖昧にしてきたことと関係している。

こうした経緯を踏まえないと、資源論だけでは中国への対応を見誤ることになるから・・

だから、ケ小平の唱えた尖閣問題棚上げ論に、日本は合意していない、なんて発言して、日本の外務大臣、大丈夫かい?

日本政府が対中政策について、どこまでの見識を持っているのか、心配になってくる。

ーー

地中海に浮かぶ小国、マルタという国がある。

野生動植物の国際取引を規制する地中海産クロマグロで、昨年あたりテレビのニュースでよく目にした、あの国である。

マルタは地政学上の戦略拠点として、古くはフェニキア、ローマ帝国などに征服され、その後もナポレオン、近くは独立後、英連邦、ソ連にも、リビアにもついたことがある。

そのマルタのアービド・パルド国連大使は、国連総会で、深海底を人類全体の利益のために開発しようと提案した。

資源はどこの国にも属さず、共同財産とする。

尖閣諸島も、政治的知恵として、一時棚上げ、口にせず、将来、東アジア共同体の萌芽として、日中共同管理にする方向で知恵を絞ったらどうだろう。

先駆的実例として、EUにおける独仏共同管理の石炭鉄鉱石のように。
posted by madam at 00:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月07日

国際連合・国連改革

国連は欠陥だらけ、といわれる。

国連は恒久的な世界平和を望むことはできない。

しかし国連を否定してよいものか。

むしろ国連を評価し、支持し、平和のために、一層の国連改革に努力すべきでは。

国家主権の制限は、主権国家が最も恐れる。

特にアジア、アフリカ諸国には、ヨーロッパ列強による植民地主義の受難の歴史がある。

アジア、アフリカ諸国が民族解放でようやく勝ち取った苦難と独立と民族自決の原則は、主権国家として易々と譲ることが出来ない。

大国の内政干渉を常に受け、主権を蹂躙されてきた小国には、その警戒は特に強いであろう。

それゆえ国家主権は極力制限して、軍事力のみを制限して、国連の権限を強化しながら、世界連邦へ移行することが重要となる。

いかなる独立国も、共通した平和と安全の問題を除いて、自国民に対して、あるいは各国の独自の制度や体制に対して、固有の権限を保持していけるシステムを保証して、各国、国民の信用を得なければ、国連改革、国連改組は進むべくもない。

一国一票制、安保理の拒否権、国際司法裁判所の義務的管轄の問題など、これらの問題をどのように改革していくのか。

この問題の解決なしに、世界平和は訪れない。

極めて困難な道のりだが、進むしか人類に未来はない。

参考文献:平和の条件ー世界連邦の目標と構想(中日出版)
posted by madam at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月06日

国連改組・総会と安保理

国連総会の決議は一国一票による。

人口13億人以上の中国も、人口1億3千万人の日本も、1票の議決権しかもたない。

その一方、人口2万人足らずのパラオでも1票の議決権を持つ。

中国やアメリカと、パラオやリヒテンシュタイン(人口32,015人、うち約34.8%が外国人)が同じ1票では、大国は総会での決議に拘束力を与えるはずがない。

それを人口比に応じて、中国に1000票、日本に100票、小国に1票というように国連憲章を改正しようにも、そもそも国連は一国一票制に立脚しているため、それを改革することは、まず不可能に近い。

それをあえて試みれば、国連から小国など脱退国が続出することに。

現在の国連総会は参議院として残し、新たに各国の人民による人口比に応じて選出する、いわば衆議院を設置して、国連を二院制にしたらどうだろう。

そして安全保障理事会の信頼性と公正さも確保されなければならない。

当面、拒否権行使の制限として、少なくとも事実調査委員会の任命、新加盟国の承認、常任理事国の一国が紛争当事国である場合の紛争解決と紛争解決家庭における兵力引き渡し軍の使用承認などについては行うべき。

安保理はまとまってはいないが、今ならその可能性が残されていないわけではない。

世界を見渡せば、批判はあっても、世界平和構築には国連しかないのだから。
posted by madam at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月05日

国連改組・PKO

国連の平和維持活動PKOは、あらかじめ紛争当事国の双方の同意を原則にしている。

そのために戦争が起きてしまった後にPKOが出動ということに。

だが、ときすでに多くの人々が死傷してしまったり、紛争も悪化、事態も複雑で、容易に問題が解決されえない。

それゆえこの同意原則は疑問。

パルメ委員会は「紛争当事国の一方の同意で足りる」と提案、当時のガリ事務総長も「平和の課題」で、それを提案。

その確立をやはり目指すべきかも。

戦争が開始される前に紛争地点に出動してこそ、問題の困難化を未然に防止するから。

PKOは米ソ冷戦、拒否権行使が生んだ苦心の作。

今日の国際社会の現状からすれば評価されるべきものだが、決して満足しうるものではない。

なぜならPKOは主権が依然、国家のもとにあるから。

このPKOによる国連部隊は、各国の軍隊の寄せ集めによっているが、国連によって直接募集された部隊により国際公務員の地位で構成されることがよい。

平和維持の専門訓練を受け、国連に忠誠を誓う個人の資格による常設の集団組織となる。

国家に代わって、その国の安全を保障する、この世界警察が、世界の平和と安全の秩序維持にあたる。

日本の社会は自分の身の安全を警察に委ねているように。
posted by madam at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月04日

国連改組・国際司法裁判所

日本では、原告が訴訟を起こせば、被告が必ず応訴をしなければならない。

被告が嫌だと言って、裁判所に出廷しないと、原告の言い分が通ってしまう。

だから裁判に応ずることになる。

そこで裁判が始まり、判決も下る。

これにより問題はひとまず解決する。

これが国際社会だとどうなるのか。

国際司法裁判所がハーグにある。

国家間に紛争が生じた場合、<あ国>が訴訟を起こす。

相手国の<い国>は、必ずしも応訴する義務はない。

相手国<い国>は、応訴してもいいし、しなくてもいい。

相手国<い国>は裁判で不利と見れば応訴しない。

小国が大国に侵害された場合、小国はこの裁判所に訴える。

だが大国は裁判に不利と見れば、応ずるわけがない。

それゆえ裁判所といっても、この裁判所は重大な欠陥がある。

また相手国<い国>が応訴して、裁判が始まり、判決が下るとしよう。

<い国>は、その判決に従わないとする。

判決を履行しない。

敗訴しても、これに応じないことがまかり通っている。

判決が下って、従わないとしたら、こんな裁判に意味があるの?

これが国際社会の現状。

これでは国際社会に社会正義が実現されるわけがない。

これを、訴えたら必ず応じなければならない強制管轄の裁判所にすること。

それで裁判が始まり、判決が下る。

その判決に従わなければ、強制執行する世界警察が登場する。

この体制を構築することが、恒久的な世界平和実現への近道なのだ。

参考文献:平和の条件ー世界連邦の目標と構想(中日出版)
posted by madam at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2003年03月20日

歴史が審判するー対イラク戦争

03年3月20日、英米軍による対イラク戦争が始まった。

この戦争は明らかに、していけない戦争。

戦争は安保理決議に基づく戦争、それに自衛戦争しか国際社会では許されていない。

していい戦争ですら正しい戦争といえるのか、疑念がはさまれることがあるというのに、国際ルールを無視した、この戦争は、もはや世界史に名をとどめ、歴史が審判する以外ないのかと思う。

戦争は殺人、傷害、暴行、器物損壊、放火、住居侵入、あらゆる犯罪を犯す。

しかし戦勝国の指導者、実行者は、その罪に問われることはない。

人類文明の僅かな歩みは、不戦条約、国連憲章、日本国憲法9条へと歩を進めたが、今回の戦争で、国際社会はまさに群雄割拠した戦国武将の封建時代に舞い戻ってしまった。

この上は一般市民や兵士らのこれ以上の犠牲がないことを祈るばかりである。
posted by madam at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2003年03月09日

国連議員総会へ望み

「世界連邦世界大会に出席して」について、1995年夏頃に書いたものです。

国連議員総会へ望み

ー容易ではない世界連邦の実現ー

戦後の五十年は国連の五十年でもある。

今から五十年前の1945年6月26日、サンフランシスコのオペラハウスで国連憲章が制定された。

この五十年を記念して今年6月、サンフランシスコ州立大学で世界連邦世界大会が開催され、私はこの「国連改革」の会議に出席した。

1、平和の象徴ではない

国連は第二次世界大戦の戦勝国により戦後世界を管理する機構として誕生した。

多くの日本人が抱くような平和のシンボルではない。

事実、国連の原文は The United Nations つまり連合国であり、本来は第二次世界大戦で日独伊と戦った「連合国」が正確な訳であった。

それをあえて国連と訳されたことによって、多くの日本人は国連の性格が分からなくなってしまった。

国際社会は国が主人公で成り立っており、いわば国際的な無政府状態、半ば無法社会である。

無政府状態や無法社会を支配するのは常に暴力である。

そのために国際社会を「一つの世界」として国連を改組して世界連邦を実現しようというのが今回の会議ある。

世界連邦は具体性の乏しい夢物語だとの批判があることは承知している。

また現在、国連憲章の改正として検討されている旧敵国条項の削減と安保理常任理事国の増員にしても、これだけのことで結論にまでかなりの時間を要するだろうことを見ても、世界連邦の実現はとてもとても容易でない。

しかし私はその希望を失っていない。

2、世界議会を目指して

カナダ国会はカナダ政府に国連議員総会の設立の支持を勧告している。

この総会は各国議会で選出された議員で構成されるもので、市民を代表するものである。

国連総会は各国政府の代表により構成され、総会決議には法的拘束力がなく、遵守の義務を負う国際法規となっていない。

新たに国連議員総会を設けて、国連は二院制となり、いずれ法的拘束力を認めて、世界議会となりうるものである。

世界連邦の先駆的実例であるEUの欧州議会も最初は各国政府任命による議員で構成され、権限が弱かったが、現在では議会の選任を経て直接選挙で選ばれるようになった。

国連議員総会の実現も不可能ではない。

ただ問題は各国政府が賛同するかどうかである。

今回の会議で世界百カ国、国連NGO60団体が参加した。

国連NGOは五十年前のサンフランシスコ会議で、ソ連の労働組合がオブザーバーとして国連に加盟したいとの意向から、経済社会などの分野に参画できるようになった。

しかし軍縮平和については参画できない。

世界連邦は国連NGOのカテゴリーUに属し、経済社会理事会の諮問的地位にあり、安全保障理事会の事項については非公式に活動している。

今後これらの分野に参画できるようにする必要があろう。

3、パレードし改革訴え

会議終了の翌日の6月26日、クリントン大統領、ガリ事務総長らがセレモニーを行っているオペラハウスまで国連NGOリーダ−らとパレードし、国連改革を訴えた。

クリントン大統領、ガリ事務総長らにその声が届いただろうか。

その日サンフランシスコは国連ブルーの青空が広がり、街も国連一色であった。

※なお、拙文は1995年11月1日発行の愛知大学同窓会名古屋支部会報より。
posted by madam at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2002年12月02日

国際連合の根本問題

国際連合は主権の間の自発的な協力を基礎に動いているに過ぎない。

武装したままの主権国家による協約上の機関が国連。

それゆえ国連が誕生しても、恒久平和を望むべくもなく、国家間で対立し、戦争が繰り返される。

国際連合の根本問題がそこにある。

「国連は加盟国の主権を尊重した上で、各国の行動の調和を図るための中心になるに過ぎず、そこでは軍備を持つことも、交戦権を行使することも、基本的には各国の判断に委ねられる」(奥田広隆著「平和の条件」)

「また国連は加盟国に対して命令を発する権限すらなく、平和を乱すなどの国家に対し、国連総会で勧告決議がなされても、勧告を受けた国は、度重なる非難にもかかわらず、ほとんどこれを無視して勝って放題にしている」(前掲書)

そもそも総会決議には順守の義務を負う国際法規としてみなされていない。

「法的拘束力を持つ安保理の決定では、加盟国もそれに従わなければならない強い強制力はあるが、それでも決定に加わる15の理事国のうち、米英ロ中仏の5大国は、国連憲章が改正されない限り、恒久的に常任理事国の地位にあり、拒否権まで与えられている」(前掲書)

国連は小国に対しては強制行動をとることができても、大国にはそれができない。

大国の平和侵害には、国連は無力であり、そもそもそうしたシステムになっていない。

これが国際連合の根本問題なのだ。

参考文献:「平和の条件ー世界連邦の目標と構想」(中日出版)
posted by madam at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2002年12月01日

世界連邦の目標

国際社会は相互に大使などの外交使節を交換し、外交関係を通じて維持される。

国際政治は国家の意思に基づき行われるが、国家間で利害の衝突が生じた場合、国家権力を背景に激しく対立し、行く突くところは武力行使に戦争まで発展する。

これにより問題解決が図られる。

まるで子供の喧嘩のように。

国際政治は力の政治。

世界連邦なるのもがある。

世界が一つの国、いわば世界国家。

この世界連邦の目標の一つは、この力の政治を法の支配に代えること。

国際社会における力の秩序ではなく、国家間における法の支配により、戦争をなくすこと。

国際社会が誕生して300年。

ヨーロッパに宗教戦争が勃発して、キリスト教社会から、近代国家が出来上がった。

この国際社会では、国家が最高の権威になっているから、問題が生ずる。

いわば国際社会は現代における戦国時代。

戦国時代に群雄割拠していた戦国武将が、主権国家における国家元首。

換言すれば、現代国際社会は21世紀のアンシャン・レジーム(旧体制)、21世紀の封建体制と言うべきもの。

国家の最高の権威をより高次の国際機関に権限委譲することが、恒久的な世界平和を実現できる唯一の方法。

そのシステムにすればよい。

国際社会は半ば無政府状態、無法社会。

これを世界連邦による世界政府、法の支配する国際社会に改革していくこと。

具体的には、国連総会を参議院として、人口比による衆議院を新たに設け、世界議会を構成する。

また国際司法裁判所を世界裁判、安保理を内閣として世界政府に。

このモデルはEU。

世界連邦の目標は、恒久的な世界平和を実現すること。

世界史から見れば、もうそこまで来ている。
posted by madam at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。