2003年03月09日

国連議員総会へ望み

「世界連邦世界大会に出席して」について、1995年夏頃に書いたものです。

国連議員総会へ望み

ー容易ではない世界連邦の実現ー

戦後の五十年は国連の五十年でもある。

今から五十年前の1945年6月26日、サンフランシスコのオペラハウスで国連憲章が制定された。

この五十年を記念して今年6月、サンフランシスコ州立大学で世界連邦世界大会が開催され、私はこの「国連改革」の会議に出席した。

1、平和の象徴ではない

国連は第二次世界大戦の戦勝国により戦後世界を管理する機構として誕生した。

多くの日本人が抱くような平和のシンボルではない。

事実、国連の原文は The United Nations つまり連合国であり、本来は第二次世界大戦で日独伊と戦った「連合国」が正確な訳であった。

それをあえて国連と訳されたことによって、多くの日本人は国連の性格が分からなくなってしまった。

国際社会は国が主人公で成り立っており、いわば国際的な無政府状態、半ば無法社会である。

無政府状態や無法社会を支配するのは常に暴力である。

そのために国際社会を「一つの世界」として国連を改組して世界連邦を実現しようというのが今回の会議ある。

世界連邦は具体性の乏しい夢物語だとの批判があることは承知している。

また現在、国連憲章の改正として検討されている旧敵国条項の削減と安保理常任理事国の増員にしても、これだけのことで結論にまでかなりの時間を要するだろうことを見ても、世界連邦の実現はとてもとても容易でない。

しかし私はその希望を失っていない。

2、世界議会を目指して

カナダ国会はカナダ政府に国連議員総会の設立の支持を勧告している。

この総会は各国議会で選出された議員で構成されるもので、市民を代表するものである。

国連総会は各国政府の代表により構成され、総会決議には法的拘束力がなく、遵守の義務を負う国際法規となっていない。

新たに国連議員総会を設けて、国連は二院制となり、いずれ法的拘束力を認めて、世界議会となりうるものである。

世界連邦の先駆的実例であるEUの欧州議会も最初は各国政府任命による議員で構成され、権限が弱かったが、現在では議会の選任を経て直接選挙で選ばれるようになった。

国連議員総会の実現も不可能ではない。

ただ問題は各国政府が賛同するかどうかである。

今回の会議で世界百カ国、国連NGO60団体が参加した。

国連NGOは五十年前のサンフランシスコ会議で、ソ連の労働組合がオブザーバーとして国連に加盟したいとの意向から、経済社会などの分野に参画できるようになった。

しかし軍縮平和については参画できない。

世界連邦は国連NGOのカテゴリーUに属し、経済社会理事会の諮問的地位にあり、安全保障理事会の事項については非公式に活動している。

今後これらの分野に参画できるようにする必要があろう。

3、パレードし改革訴え

会議終了の翌日の6月26日、クリントン大統領、ガリ事務総長らがセレモニーを行っているオペラハウスまで国連NGOリーダ−らとパレードし、国連改革を訴えた。

クリントン大統領、ガリ事務総長らにその声が届いただろうか。

その日サンフランシスコは国連ブルーの青空が広がり、街も国連一色であった。

※なお、拙文は1995年11月1日発行の愛知大学同窓会名古屋支部会報より。
posted by madam at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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