2004年10月10日

尾崎学堂・没50年

憲政の神様・尾崎行雄(学堂)がなくなって50年が経つ。

今から約70年も前に学堂は「世界不安の波に漂う新日本」なるテーマで毎日新聞に寄稿続けた。

旧字体で、文体もなじみのない言い回し。

これを現代文に翻訳しよう。

機械や科学は大いに進歩したが、人類の精神状態、思想感情は、これに伴って進歩しない。

人類の歴史にあって、4、5千年の事実を見ると、遠き酋長(しゅうちょう)時代より、最近の民族時代にいたるまで、彼らの多数は、種々の美名の下に、詐欺窃盗強盗殺人等をなしてきた。

義兵とか義戦とか、巧みに種々の名義は製造するが、他人を殺して、その財物国土を横奪するをもって無上の名誉と心得てきた。

学堂は、戦争の本質、主権国家の主張の欺瞞を見抜いていた。

軍備のみで安全は期せられるとし、軍備に必要なのは国際裁判条約と唱える。

その時代にあって、今日の国際司法裁判所よりも一歩進んだ国際制度をすでに提案していた。

国際争議も国内事件と同じように裁判に付して邁進すべきと主張。

武力によって、無理を行うことができない小国は、いずれもみな国際裁判を歓迎する。

種々の口実を設けて、これに反対するのは、武力によって不義をも行うことができる強国の側である。

今、国際刑事裁判に反対するのはアメリカ。

約70年後の現代にも当てはまる、学堂の慧眼(けいがん)には、驚かされる。

小泉首相は「祖父と尾崎先生はともに馬に乗って普通選挙をした」と没50周年記念式典であいさつ。

学堂が生きていたら、アメリカ従順の日本をどう嘆くだろうか。

なお、当時の毎日新聞は、戦前戦争に反対のため、フィリピンで日本語を教師を務め、戦後金城学院高校で教壇に立った故・水野輝義さんのスクラップより頂いた。

水野さんは、フィリピンのアキノ元大統領の夫やラモス元大統領らと親交があって、日比友好のよき理解者だった。
posted by madam at 19:19| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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