2004年03月04日

国連改組・国際司法裁判所

日本では、原告が訴訟を起こせば、被告が必ず応訴をしなければならない。

被告が嫌だと言って、裁判所に出廷しないと、原告の言い分が通ってしまう。

だから裁判に応ずることになる。

そこで裁判が始まり、判決も下る。

これにより問題はひとまず解決する。

これが国際社会だとどうなるのか。

国際司法裁判所がハーグにある。

国家間に紛争が生じた場合、<あ国>が訴訟を起こす。

相手国の<い国>は、必ずしも応訴する義務はない。

相手国<い国>は、応訴してもいいし、しなくてもいい。

相手国<い国>は裁判で不利と見れば応訴しない。

小国が大国に侵害された場合、小国はこの裁判所に訴える。

だが大国は裁判に不利と見れば、応ずるわけがない。

それゆえ裁判所といっても、この裁判所は重大な欠陥がある。

また相手国<い国>が応訴して、裁判が始まり、判決が下るとしよう。

<い国>は、その判決に従わないとする。

判決を履行しない。

敗訴しても、これに応じないことがまかり通っている。

判決が下って、従わないとしたら、こんな裁判に意味があるの?

これが国際社会の現状。

これでは国際社会に社会正義が実現されるわけがない。

これを、訴えたら必ず応じなければならない強制管轄の裁判所にすること。

それで裁判が始まり、判決が下る。

その判決に従わなければ、強制執行する世界警察が登場する。

この体制を構築することが、恒久的な世界平和実現への近道なのだ。

参考文献:平和の条件ー世界連邦の目標と構想(中日出版)
posted by madam at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。